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映画:The Bridge (邦題:ブリッジ)



映画 「 ブリッジ 」 をDVDで観たのはちょうど1ヶ月前のことだ。どんな映画かと聞かれても説明するのが難しいのだが、ただ1つはっきりしていることがある。この映画がケーブル以外のTVで放映されることはない。これから観る機会がある人は、そういう種類のものなのだと覚悟してもらった方がいい。

この映画はドキュメンタリーで、1年間通してサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジを撮影している。しかし、ただ橋の景観をフィルムに収めていたのではない。そこから身を投げる人をひたすら撮り続けているのだ。

ゴールデンゲートブリッジは言わずと知れた観光名所だが、同時に自殺の名所でもある。この映画が撮影した2006年だけでも、わかっているだけで30人近い人が橋から身を投げた。水面までの高さが80メートル近くあるため、飛び込めば水面に達する時には時速130キロにもなり、ほとんどの人は助からない(事実、映画でも1人を除き全員が亡くなっている)。

自殺者のドキュメンタリーに台本などあるわけはないから、いったい誰が飛び込むのかわからない。オープニングで橋からかなり離れた波止に設置されたカメラは、下からのロングショットで右に左にそれらしい人物を追いかける。下を覗き込む人。物憂げに歩いている人。みょうに周りを気にしている人。いったいこの中の誰が? ... 観ているこちらも緊張を強いられる。

しかし映画の最初で飛び込んだ人は思いもしなかった人で、しかも欄干を乗り越えて飛び込むまで、ものの数秒しかかからなかった。

演技ではない。全てが現実である。にもかかわらず、カリフォルニアの青い空に聳え立つ赤いゴールデンゲートブリッジは、人が飛び込んだ数秒後にはまるで何もなかったかのように、その圧倒的な姿をスクリーンに映し出す。ブリッジは見ている僕たちに疑問を投げかける隙を与えてくれはしない。

映画はそこから、身を投げた人の周辺へのインタビューを展開する。家族・友人はもとより目撃者や自殺を止めた人まであらゆる人をカバーしていくのだが、彼らの証言のほとんどは、ありがちな死者を美化したような話ではなかった。「 そのうちやるだろうと思っていたよ 」 という親や、自分の妹のことを何も知らない姉、子供の死の責任は自分にはないと自己弁護に躍起になる父親。インタビューから垣間見える生前の自殺者の姿は、自殺の瞬間の映像より生々しく、観ているものの心を痛めつける。

後半は特に辛い。

よかれと思って自分の精神安定剤を与えたことが友人の自殺につながったと信じている女性は、彼女自身が自殺未遂をし、その後行方不明になった。

「ブラブラしてないで、仕事捜しぐらいしたらどうなの!」 それが友人にかけた最後の言葉だったと心を痛めている人もいた。

80分と短い映画なのだが、途中何度も、この映画監督が何のためにこの映画を撮ろうとしたのかわからなくなることがあった。

黒人の青年が言う。「 もしあの世で彼に会ったら言ってやる。『 お前は俺をひどく傷つけた、と 』」 

ある年配の女性は、友人の死を理解しようとこうつぶやく。「 きっと、ちょっとだけ空を飛んでみたかっただけなのよ 」

そうして観ている自分もようやく気付きだした。本当に心を痛めているのは、遠い家族ではなく死者の周りにいた人たちだということ。そして、いかなる理由があって自殺したにせよ、彼らは多くの人に愛され、気遣われていたということを。

死んだ人たちがその事に気がついていたとは思わない。しかし、彼らが愛されていたということが、スクリーンで彼らが死ぬ瞬間を目撃した僕にとって救いとなった。そのことは、とりもなおさず、自分自身も多くの友人に支えられて生きているということを思いおこさせてくれることにもなった。

いつかゴールデンゲートブリッジを再訪する時がきたら、そこで死んだ人たちにそのことを伝えてあげたいと思う。

コメント
『悼む人』天童荒太(著者名)を思い出しました。
興味があったらいつか読んでみてね。




  • CHELSEA
  • 2010/03/30 9:05 PM
CHELSEAさん

ご無沙汰しています。コメントありがとうございました。

お勧めいただいた天童荒太さんの著書はまだ読んだことありませんが、機会があれば読んでみたいと思います。

自分も何度か死にかけたことがあり(自殺ではないですけど)、また少し前も交通事故で結構危ない目にもあったりしたことから、最近また死を意識することが多くなりました。

こういう問題を投げかけてくれるものを少しずつでも見たり読みためたりして、自分の中で色んなことを考えていきたいです。また良いものに出会ったら、ここで紹介していきますね。
  • Gです
  • 2010/03/31 12:54 AM
お久しぶりです。

何だか、淋しいような、でもそれが現実なんだと
知らされるような映画ですね。

最近驚いたのが、ヤギの角が頭蓋骨の根元から折られていたというニュース。
これが、「器物破損」で捜査されてます。
「傷害」でしょ?って思ったのは私だけでしょうか?

人間以外は「モノ」、自分と少しでも違う人は「異質」
淋しい世の中ですね。
  • masae
  • 2010/04/14 12:08 AM
masaeさん

うわぁ〜! お久しぶりです。お元気ですか? コメントありがとうございます。いまちょっと嬉しくてかなりニヤけています(笑)。

イレーヌさんが横浜に戻られることになって、先月何人かで久しぶりに集まったんですよ。そのあとサラさんやオルニーさんとも個人的にお会いしたりして。Masaeさんにもお会いしたかったです。そのうちお茶にでもお誘いさせてくださいね。

それはともあれ(横道にそれてしまってすみません)、ここで紹介した映画は、かなりの方が拒絶反応を示されると思います。僕自身ほんとに色んなことを考えさせられました。Masaeさんがおっしゃるように、ほんと淋しいというか悲しい世の中です。

この映画の中で、唯一生き延びた青年がインタビューに応えているのですが、その中のエピソードとして、彼が深い水深から浮き上がろうともがいていた時、オットセイたちが彼を押し上げてくれたという話がありました。人間以外は「モノ」、自分と少しでも違う人は「異質」と切り捨ててしまう我々より、動物の方がずっと温かい心をもっているように思えてしまいます。

せめて自分たちは、そういう風潮には流されずに生きていきたいですね。


  • Gです
  • 2010/04/14 10:57 PM
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